10・31狭山事件の再審を求める市民集会アピール

43年前のきょう、東京高裁の寺尾正二裁判長は、石川一雄さんに無期懲役判決をおこなった。弁護団は「ペテンだ」と抗議し石川さんは「そんな事は聞きたくない」と怒りをこめて叫んだ。この不当有罪判決が、石川さんにいまも「みえない手錠」をかけている。

しかし、第3次再審請求で提出された新証拠によって、寺尾判決は完全に崩れている。

寺尾判決は、脅迫状の筆跡を有罪証拠の主軸だとしたが、逮捕当日の上申書が証拠開示され、あらたな筆跡鑑定によって、犯人と石川さんの筆跡がまったく違うことが明らかになった。さらに、証拠開示された取調べの録音で、当時の石川さんが非識字者であり、脅迫状が書けなかったことが客観的に明らかになった。

また、取調べ録音テープによって、石川さんが、死体の状況や鞄の捨てられ方など犯行内容をまったく知らなかったことも明らかになった。犯行の体験を語れない石川さんを取調官が誘導してウソの自白をつくっていたことが録音された取調べのやりとりで暴露された。「取調べでスラスラ自白した」という警察官の証言が偽証であり、それを根拠に自白は信用できるとした寺尾判決は完全に誤っている。

寺尾判決は、石川さんの自白通りに被害者の万年筆が発見されたとして有罪の根拠としたが、下山鑑定は発見万年筆が被害者のものではないことを科学的に明らかにした。証拠の万年筆には被害者が使っていたインクはまったく入っておらず、異なるインクしか入っていない偽物である。殺害後、被害者の万年筆を持ち帰り自宅のお勝手の入り口のカモイに置いていたという自白は完全にウソの自白である。そもそも、高さがわずか176センチのカモイに万年筆があれば2度の徹底した家宅捜索で警察官が見落とすはずはない。3回目の捜索で発見されるという不自然さとあわせて考えれば、万年筆は捜査機関によるねつ造と言わざるをえない。まさに袴田事件の「5点の衣類」と同じである。

部落差別にもとづく予断と偏見に満ちた捜査、別件逮捕や代用監獄の取調べを正当化し、警察の誤った鑑定と密室の取調べで作られた自白に頼って石川さんを犯人と決めつけた寺尾判決の不当性は明らかである。いまこそ狭山事件の再審が開始されなければならない。

足利事件や布川事件など再審無罪となった冤罪の教訓は誤判から無実の人を救済するために証拠開示と事実調べが不可欠であるということである。しかし、狭山事件では石川さんが半世紀以上も冤罪を叫び続け、多くの新証拠が提出されてきたにもかかわらず、寺尾判決以来43年間、一度も事実調べがおこなわれていない。このような不公平・不公正はこれ以上許されない。わたしたちは、狭山事件の第3次再審請求を審理する東京高裁第4刑事部の植村稔裁判長が、証拠開示を検察官に勧告し、鑑定人尋問などの事実調べをおこなうよう強く求める。弁護団が開示を求める証拠資料を東京高検がすみやかに開示するよう求める。

再審の審理が大詰めをむかえている袴田事件の一日も早い再審開始と無罪判決、すべての無実を叫ぶ人たちの再審開始を求める。そして、冤罪被害者や支援運動と連帯し、司法反動を許さず、冤罪根絶にむけて、再審における公正な証拠開示の確立など再審手続きの改正を実現する闘いを全力ですすめる。

一日も早く石川さんの「みえない手錠」をはずすために狭山事件の再審を実現しよう!

 

2017年10月31日

狭山事件の再審を求める市民集会 参加者一同

【抗議声明】全世界の民衆の闘いを伝えてきた人民新聞社への不当弾圧 編集長不当逮捕・家宅捜索に抗議し、即時釈放・返却を求める 人民新聞社 2017年11月22日

●新体制作りを始めた矢先の弾圧
人民新聞社は1968年に創刊し、毎月3回発行しています。
日本中・世界中で権力とたたかう人々の声を伝えてきました。
この夏に大阪府茨木市に事務所を移転し、世代交代と地域密着でより広い協力体制を作り、編集体制の強化を進めていました。
その矢先の11月21日、突然編集長が兵庫県警に不当逮捕され、事務所が家宅捜索されました。
容疑は「詐欺罪」で、新聞社とは関係が無く、内容も不当そのものです。
私たちは編集長の即時釈放と、押収品の返還を求めます。
●事務所を包囲する異様な捜査
21日朝7時、尼崎市の編集長の自宅が家宅捜索され、兵庫県警生田署に連行され逮捕されました。続けて9時ごろ、20人以上の警察が茨木市の人民新聞社の事務所を包囲し、社員1名が来ると家宅捜索を開始。こちらが各所に電話したり撮影・録音することを禁止し、社員は軟禁状態にされました。
後から来た社員には令状も見せず、立ち入りを妨害。マンション入口に検問を張り、出入りする他の住民全員に職務質問しました。住民を怖がらせて移転した事務所を孤立させる狙いが明らかであり、捜査の不当性が際立ちます。
●全てのパソコン・資料を押収する不当捜査
この結果、新聞社は全てのパソコンと読者発送名簿も押収されました。
新聞発行に多大な影響が出ており、兵庫県警に断固抗議します。また、大事な名簿が押収されてしまったことを、読者・関係者の方々にお詫び致します。
報道では「自分名義の口座を他人に使わせていた」とありますが、それだけで
「最初から口座を騙し取った」と言い切り、逮捕や家宅捜索まで行うのは明らかに不当です。私たちは今回の逮捕・家宅捜索は、人民新聞社の新体制への
あからさまな弾圧であると考えます。
●実質的な共謀罪の適用の可能性が
今回の件で東京でも警視庁が2箇所を家宅捜索し、関係者に任意出頭を要求しており、弾圧の拡大が懸念されます。
6月に成立した稀代の悪法「共謀罪」は、犯罪の無い所に「犯罪をした」と物語をでっち上げ、市民運動や報道機関を弾圧・萎縮させる目的です。
警察は、実質的な共謀罪の適用を始めたと考えます。
●私たちは弾圧に屈せず編集長を取り返し、新聞発行を続けます
私たちは、弾圧には絶対に屈しません。新聞の発行を続け、権力の不正を暴きます。全ての報道機関と社会運動が同じ危機感を持ち、抗議・協力して頂くことを
呼びかけます。
・兵庫県警は編集長を今すぐ釈放せよ!
・全ての押収品を今すぐ返還せよ!
・捜査、弾圧の拡大をやめよ!
勾留されている三ノ宮の生田警察署:078-3330-110
捜査している兵庫県警:078-3417-441
ぜひ、ともに声を上げてください。
【人民新聞社】
電話:072-697-8566 FAX:072-697-8567
メール:people@jimmin.com
ツイッター:@jimminshimbun
★救援カンパをお願いします★
編集長の早期奪還、新聞継続のための救援カンパをお願いします。
郵便振替口座:00940-5-333195 人民新聞社

●緊急声明● 「ただこの暴力を見つめてほしい」

新橋のキャバクラ店に勤務する女性が殺されました。
報道によると、今月4日、営業中の店内で「オーナー」である男性が、従業員である女性の「髪をつかんで引きずり、馬乗りになって顔を何度も執拗に殴る」などしたのです。
女性は急性硬膜下血腫などの大けがを負った末、搬送先の病院で今月10日に亡くなりました。

私たちは彼女の死に強い怒りと悲しみを感じます。そして彼女の恐怖と絶望に戦慄を禁じることができません。

何より「彼女」は、「私たち」だからです。
この事件で実際に振るわれた暴力は、キャバクラ店での接客に従事している私たちに日常的にほのめかされ、見せつけられてきたものです。

この事件は決して個人間に生じた例外的事件ではありません。
私たちフリーター全般労働組合/キャバクラユニオンは、当事者と共に闘う中で、経営者からの非道な支配と暴力を何度も目にしてきました。
暴力は日常的にほのめかされ、見せつけられ、行使されています。この事件は特異で例外的なものではなく、私たちが常に向き合わされている現実です。

そして、またしても始まった個人的関係と背景の詮索に、強く憤りを感じます。
幾多の人々が機に乗じて「水商売だから悪い」「仕方がない」という結論にたどり着こうと情熱を注いでる。
殺害の尻馬に乗って加害を上塗りする人たちには、どんな関係であろうと、どのような背景があろうと、殺害が正当化されていいわけがないと伝えたい。

ただこの暴力を見つめてほしい。

女性だから殴られ、水商売に従事しているから殺される。
同種の事件が繰り返されているのは、この社会が水商売で働く女性は殴ってもいいとみなしているからです。暴力を終わりにするには、この差別的な社会の視線を徹底して問題にする必要があります。
私たちは、私たちに注がれる差別的な視線に抗議します。そしてこの事件と、事件を産み出し続ける社会を強く強く追及します。

2017年7月29日
フリーター全般労働組合/キャバクラユニオン

共謀罪法案の強行採決を断固として弾劾する声明

参議院本会議では、本日7時46分ごろ、共謀罪法案の採決が行われ、賛成165、反対70で、共謀罪法を可決・成立させた。
この法案に対しては、刑事立法の基本原則である罪刑法定主義を無視し、「テロリズム集団」「組織的犯罪集団」「準備行為」等、処罰範囲を確定するために必要な概念が明確にされず、277(法務省は、数を少なく見せるために1項犯罪と2項犯罪を同一犯罪と計算している。それらをすべて別個に計算すると、その数は316に及んでいる)にも及ぶ犯罪を処罰対象犯罪としているが、それについてもその根拠についての十分な説明がなされないままである。
法案の必要性については、「テロ対策」だと明言しているが、本当にテロ対策なのであろうか。
277犯罪の内訳は、テロ関連犯罪110、薬物関連犯罪29、人身搾取関連犯罪28、資金源犯罪101、司法妨害犯罪9である。110に及ぶテロ関連犯罪として列挙されているものは、テロが行われた際に発生するであろう結果を上げたものにすぎず、それらの計画を事前に察知し、取締りを強化してもテロ行為を防げるものではない。
そもそも、特定秘密保護法12条に規定する「テロ活動」は、①政治上の主義主張に基づくこと、②主義・主張を強要し、又は社会に不安を与える目的の存在、③人を殺傷し、重要な施設その他の物を破壊するための活動という三要件が必要である。
ここで掲げられている110のテロ関連犯罪の計画罪は、このテロの三要件とは無関係なものであり、この法案がテロ対策ではないことは明白である。
また、TOC条約は、国をまたいで存在する組織犯罪を防止するために締結された条約であり、テロ対策のためのものではない。しかし、安倍内閣は、この条約の批准のためと言いながら、市民をだまし、「この法律がなければテロは起きるのだ」と主張し、テロ対策には必要だという論法で押し通してきた。
この共謀罪法案は、277にも及ぶ犯罪の計画を処罰するものであり、計画していることを監視し、従来の刑事立法では絶対に処罰されることのない「心の中」を処罰するものである。
それを法務省は、「処罰の間隙」ととらえ、予備以前の段階での早期処罰を狙っているのである。それは、その段階での警察捜査が可能とするものであり、警察の「心の中」の捜査を認めるものである。
それは、警察による「心の監視」そのものであろう。
安倍内閣が推進する「戦争国家への道」に異議を唱える者を監視し、国論を一つにまとめ上げようとするものであることは明白である。
刑法は、民法とともに、国家の基本法である。国家の基本法を人々の理解を得る努力もせず、多数の数に頼り、強行採決で処理したことは、民主主義の否定であり、日本という国が安倍専制国家へと変容したことを示すものである。
私たちは、このような安倍内閣を許さず、安倍内閣の退陣を求め、闘いを継続するであろう。

2017年6月15日
共謀罪の創設に反対する百人委員会

「共謀罪」法案強行採決弾劾声明

安倍晋三自公政府は、五月一九日衆院法務委員会において、日本維新の会とともに、「共謀罪」法案を強行採決した。この法案は、「組織犯罪処罰法改正案」と称して、「犯罪」の実行以前の「準備行為」を新たに犯罪とするもので、これまで三度にわたって廃案となってきた「共謀罪」法案と同一のものである。この間強行採決されてきた秘密保護法制、盗聴捜査・司法取引を合法化・容認する刑事訴訟法改悪とともに、私たちが、断固阻止、反対を訴えてきた法案である。

安倍晋三首相は、加計学園疑惑の追求から逃げ、与党側から提案していた「締めくくり質疑」への出席も放棄しての質疑打ちきり、強行採決であった。
自公政府に抗議するとともに、
日本を戦争を出来る国へと導き、治安維持法の再現とも言うべき「共謀罪」法案を廃案に追い込むべき闘い抜くことを表明する。
                    2017年5月19日
                           救援連絡センター

「11.20 天皇制いらないデモ(吉祥寺)」への右翼・警察一体のデモつぶし ―天皇制暴力―に抗議する声明にご賛同ください!

・個人・団体のいずれでも、ペンネームでも結構です。
・公表の可否もお知らせください。
公表可の場合は、団体なら紙媒体とウェブ上で、個人は紙媒体のみで公開
させていただきます。

11.20 天皇制いらないデモ実行委員会( http://tennoout.hatenablog.com/)

= = = 以下をご明記ください= = = =

「11.20 天皇制いらないデモ(吉祥寺)」への右翼・警察一体のデモつぶし

―天皇制暴力―に抗議する声明に賛同します。

●お名前(個人または団体)
●肩書(あれば)
●公開可否         可      または  否

→ 送り先メール tennoout@gmail.com

=================

「11.20 天皇制いらないデモ(吉祥寺)」への右翼・警察一体のデモつぶし

―天皇制暴力―に抗議する声明

2016年11月20日、私たちは、吉祥寺駅周辺において「11.20 天皇制

いらないデモ」を行いました。
同年8月8日に発表された天皇・昭仁による「おことば」は、天皇自身による
退位の意向の表明と天皇制の存続を命じたものでした。この国を覆う差別と
抑圧の構造である天皇制とその体現者である天皇による攻撃に対し、反撃の
嚆矢として私たちはデモを企画しました。
当日、井の頭公園へ集合し12時45分から開始した集会は、右翼の拡声器
による罵詈雑言などの妨害にさらされながらも貫徹され、14時にデモは出発
しました。
公園を出た途端、デモ隊は右翼の攻撃にさらされました。デモコースのごく
初期の段階で、40枚近くあったメッセージボードやプラカードは1枚を残して
奪われ、7メートルほどの大横断幕は奪われ引きちぎられました。参加者が
持って来た旗やポール、4台のトランジスタメガホンが奪われ破壊されました。
そして、宣伝カーのフロントガラスは襲撃により大きなひびが入り、ナンバー
プレートやサイドミラーは剥ぎ取られ、備え付けのメガホンは断線され音が出
なくなりました。
右翼の襲撃は参加者にも及びました。殴る、蹴る、引き倒すなどの暴力によ<
り、6名以上が出血。痣が出来た人、前歯の欠けた人も居ました。とりわけ、女
性や体の小さな参加者への暴力が目立ちました。また、聞くに堪えない民族差
別的発言も受けました。通常は40分程度のデモコースに対し1時間30分かか
りました。
この様な、暴行、傷害、窃盗、器物損壊などの右翼の行為に対し、警察・機
動隊はデモ中、容認・放置の態度をとり続けました。それどころか、ゆっくり進
まざるを得ないデモ隊に対して、「早く進め」などと言って、押したり引いたりし
ました。
私たちは、右翼による暴力に加え、警察権力による「暴力の放置」という弾圧
を受けたのです。天皇制に反対する意思を街頭で表明するだけで、これらの事
が公然と行われたのです。近年、この国において、国家や行政へ抗議する街頭
行動や直接行動が行われてきましたが、この様な激しい弾圧を受けたものは
滅多に無いでしょう。そこに表現の自由は全くありません。この日、「国民」一人
一人に象徴と思う事を強いる「国民の総意」としての天皇制が持つ暴力が顕わ
になったのでした。
また、警察から情報を伝えられた周辺自治体の市議会議員が、主催者の私
たちに断りなくデモコースをインターネット上で明らかにしてしまいました。同時
に自治体は、防災メールなどで、それまでのデモに対しては行ってこなかった
「デモによる混乱が予想される」という情報を流し、デモ自体を災害や迷惑行<
為の様に見做す表現をしていました。この様な対応について、私たちは自治体
に抗議申し入れを行い、今後は改める旨の回答を受けていますが、その後の
情報では、自治体からの連絡を受けた小学校が、生徒に『20日は危険だから
吉祥寺に行くな』という指導をしていた事も明らかになっています。これらは全て、
表現の自由に対する妨害行為です。
一方で、残念な事に、自由を求め諸権利を守ろうとする人びとの中からです
らも「反天皇制のデモを行うからこの様な目に遭うのだ」といった声が聞えてき
ます。
天皇制はこの国を覆う最悪のイデオロギー装置の一つであり、反対する私た
ちといえどもその影響からは決して自由ではありません。そのような天皇制に<
抗するため、私たちは「11.20 天皇制いらないデモ」を企画しました。
 当日に行われたデモへの攻撃は、天皇制に反対する意見を封じ込めようと
する暴力です。それはまさに天皇制そのものの姿です。私たちはこの様な攻撃・
暴力に対し断固抗議します。そしてこれからも天皇制を無くす闘いを続けていき
ます。

2017年2月2日

         11.20 天皇制いらないデモ実行委員会

※以下は松平耕一が、雑誌「情況」連載用に準備した記事です。「情況」編集部に許可を取り、ここに掲載させていただきます。 【文化時評】「3・11被曝被害者は語ることができるか」松平耕一

 「3・11の被曝被害者」とは何か、誰であるのか、そんなことを問うてみたい。福島県の地域住民に、そして、福島原発の労働者に、甚大な被害をもたらしてきている福島原発事故だが、その災害の本当の全容は、未だまるで見えていない。福島原発事故による「被災者」といえば、主に、福島県での、政府による避難指示区域の住民のことを指すことが多かろう。そして、福島原発事故による「健康被害者」と言えば、その焦点は、福島原発の作業員や、福島県での小児甲状腺がんの患者となるはずだ。しかし、ここでは「3・11の被曝被害者」というものの外延を広げたいと思う。福島の近隣圏や関東圏までを含めた東日本の在住のすべての存在は、可能性としての「3・11被曝被害者」でありうる。そして、東日本在住の多くの病人は、実は、可能性としての「健康被害者」でありうる。しかし、東日本在住の特定の病人が「被曝被害者」であり、かつ「健康被害者」でもありうるということを論証するためには、疫学的・科学的な検討が必要になる。この論証過程を疎かにすると、「放射脳」と罵倒され批判される危険性を冒しうる。
 東日本の多くの地域で、原発事故後、放射能汚染が観測された。国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年の勧告では、一年間の被曝限度となる放射線量を、平常時は1mSv未満と定めていたが、これを超えて被曝させられた人々は、東日本において凄絶な単位で存在する。翻って考えてみるに、被曝被害というものを、細かく見ていけば、自然放射線以外の、原発事故による放射能汚染をほんの少しでも受けた人々は、すべて、「3・11被曝被害者」であると定義できるはずだ。この意味で、生まれてこのかた38年間東京都民であった私、松平耕一は、間違いなく「3・11被曝被害者」であると言えよう。
 そして、今、松平は一人の、いまどき珍しくもない病気の病人であるが、もしかしたら、可能性としての「福島原発事故による健康被害者」かもしれない。つまり私は、私たち東日本在住の病人は、「3・11被曝被害者」であることは名乗りえて、一方で「福島原発事故による健康被害者」であると言い得るかどうかには、多少の蛮勇が必要な場合もある。
 私は、この文化時評において「3・11被曝被害者」の立場から、文学的な想像力によって、「原発事故による健康被害者」の立場へと跳躍することで、その健康被害者の、歴史的責任について検討したいと思っている。まずは次のレポートを読んでいただきたい。
○松本麻里に聞く
「事故から5年目にあたって「被曝被害」をどう考えるか――フェミニズムの視点から」
(この章は、2016年5月5日の「福島原発事故による健康被害者の会(以下、被害者の会)」による集会「関東圏の放射能被害vol.2-広がる被害、つながり、避難という希望」における話し手の発言を編集し、松本麻里へのインタビューの形にまとめなおしたものです)
――「被害者の会」は、3・11以降の反原発運動や国会前での抗議行動をやっているなかで出会った人たちが始めた集まりです。もともとは、東京電力や国の、原発事故の責任追及や、福島の子供達の被曝の被害や、避難者の苦しみに対して、自分たちで支援をしよう、責任追及をしようというアクションをしてきたわけです。ですが、事故から5年たって、その5年目というのは、チェルノブイリ原発事故で、爆発的に、さまざまな健康被害者が増え始めた年でもあったわけですね。それを自覚しながら、実は自分たち自身にも、いろんな健康被害が出てきているんじゃないかということを話し合っていました。大腸癌、心臓の疾患、甲状腺異常、皮膚病やアレルギーの悪化、食道炎の悪化、化学物質過敏症の悪化といったものに苦しめられている仲間が、いっぱいいるじゃないかということに改めて気づきました。そして、福島の健康被害が、あれだけ言えなくなっている、避難も口に出せなくなっている。この状況を変えるには、関東での健康被害、大人の、若者の健康被害も声を出していかなければならない。誰もが放射能被曝で健康被害がでうると、そしてそのことに、国や東電は責任を果たさなければいけないんだということへの、流れを作っていきたいと思っています。
 今回は「被害者の会」の松本麻里さんにお話をお聞きしたいと思います。松本さんは、もともと、現代思想の分野でフェミニズムの研究や論文を発表されていました。原発事故後は、まさに被曝の問題について、論文を書いていますね。私たち、健康被害に苦しむ人や、それに関心がある人には、何が必要であるのでしょうか?
松本 もともとフェミニズム、女性に関するさまざまな問題について文章を書いていたりしたんですけれども、3・11以降、はじめのころは原発事故問題について、ちらっと文章を書いたりしました。しかしそのあと、具合が悪くなってしまった。具合が悪くなったのが、結局なんだったのかと自分にして思うと、やっぱり「被曝」の問題が自分にとってはメインテーマだと思っていたんですけれども、それに対して周りの反応が、あまりに冷たいというか無関心というか、そういうものだったんですね。「被曝」について子供を守ろうとする母親への視線が、即「母性主義」であるというような短絡的な批判が多かった。左派やフェミニズムでもひどかった。その後、健康被害が顕在化している現在から照らすと、結果として誰を、何を利してしまったかというと、「安心派」の言説です。
 個人的なことを話しますと、1985年に、キエフにちらっと行っていたことがあって、まさにチェルノブイリの前年ですね。そのあと、向こうの日本語を勉強している人たちと、ちらちら連絡をとっていたりしたんですが、だんだん音信不通になっていった。郵便の事情もあったんですが、当時まだ小さかったんですが、あるとき、キエフのまだ若かった人が、白内障になったということを聞いておどろきました。若い人がなるものなのだ、と。いまにして思えば、ですが。そのときに、原発事故が起きてしまった社会、その社会がゆっくり壊れていくということを感じて、記憶に残っていたのかもしれません。
 ですから、日本において、3・11の原発事故が起こったあと、まっさきに頭をよぎったのが、被曝の問題だったんですね。しかし、これはもちろん頭ごなしに批判するわけではないんですが、もちろん私も再稼働反対にちがいはないのですが、特に首都圏だと「再稼働反対」という声がメインだった。それをテーマにいろんなデモや集会がもたれた。私はその中で、何かが置き去りにされているし、言わなければいけないことを、蓋をしながら運動とか政治活動とかをしていて、本当に向き合わなければいけない何かを騙し騙ししながら、やっているのじゃないかと思っていた。そういうことは、はっきりと言葉にはできないし、言ったところで「大丈夫」とか、みんな「ポジティブに考えたい」というのは、否定できないと思うんですよね。「気をつけているから大丈夫」という風に思いたいというのは否定できないというのはある。
 でも心の底にある不安を押し殺していることが原因で、自分の態度がとげとげしくなって、周りに不理解があったりとか、自分で勝手に壁を作ったりとか、そういうことがこの五年間でした。
 そういった中でも避難しているお母さんと交流したり、自主避難して一生懸命言葉を発している方、自律した動きを作っているかたは日本全国にいると思うんです。そうしたディアスポラの経験から発している人たちとはつながってる感覚がある。逆に近くにいる人とは話ができないけれども、遠くにいる人とは話ができるといったような、不思議な、原発事故がもたらした、距離の組み換えみたいなものの中にいたなと思うんです。目には見えないし、貨幣や物理的に還元できないけれど、関係性の崩壊、ある意味で、これも原発事故がもたらした被害であり、状況だと思っています。
 そうこうしているうちに、実は今年の1月に、私の同居人が48歳で、突然、難しい癌ということが分ったんですね。全然兆候がなかったし、もともと発見が難しい癌ということもあって、今治療中なんですけれども、ステージ4というかなり重い段階で見つかったんですね。こういうことって、なってみないと分からないのですけれども、一般的に、自分の頭の中で「原発事故が起こりました。それで、甲状腺がんが増える」というのは、当初から知っていたことではあるのですけれども「癌患者が統計上増える」という知識があることとは、別の問題といま格闘しています。自分が看護・介護する身になってみて「一人の人間が癌になるということは、こういうことなのだな」と思って、今、学びの最中という感じなんです。確かに「統計的」に健康被害が増えるということは否定できないと同時に、また統計的に処理されることにやっぱり抵抗感がある。このあたりの感覚はまだうまくいいあてられていません。
 私たちの身体は個別的ですし、病気や症状は個別的ですし、癌といったところで、お子さんが甲状腺がんになるというのと、48歳の人がなるのと、あるいは高齢の方がなるのと、女性がなるのと、男性がなるのと、治療法と同時に、抱えて、克服しなくてはならない問題も、大変個別的です。そうしたなかで「原発事故で癌が増えますよ」「病気が増えますよ」と、それは確かなんだけれども、もう少し別の言葉というか、別の切り口みたいなもの、病を抱えたものどうしがつながれる言葉、病を抱えた人、あるいは看護する人、それを支える人が発言しやすい環境が必要かなということをいま考えています。
 私自身は、相方の癌について言うと、本人は「これは被曝の影響だ」と思っているわけではないのです。つまり被曝が唯一の影響だ、と断定しているわけではありませんし、そのための材料もありません。ただ、たくさんある、いくつかある原因の一つだろうというように、私も、相方も「否定」はしていません。そうした立場です。
 また2016年の1月に告知を受けて、そのあとてんやわんやであちこち走り回っているときに、福島で「311甲状腺がんの家族の会」が立ち上がりました。その会見を見ていると、若いお子さんたちが癌になるのと、40代の癌と、ケースは違うんだけれども「こういうことが必要なんだな」ということを、涙が出るような思いで見ました。恐らくお子さんの甲状腺がんというものは、これまですごくケースが少ないですよね。希少ケース。
 今病院などでも、患者さんの自助組織や、セルフヘルプグループがあると思います。それはとてもいいことで、一方、希少癌、希少発症例はこれまで母数が少ないからつながることも難しくなる。そんな折に、必要な相互扶助的なもの、まず繋がることでたちあがって、という人々の営みに感銘をうけました。
 と同時に、この「被害者の会」のブログの記事で「デモではなくて、自分の身体や病院が闘争の場になるんだ」という文章を目にして、それにも感銘を受けました。原発事故が、「起きてしまった」あとの社会に不可欠な認識だと思えました。
 私が事故直後に言いたかったのはそういうことでした。ここまで、放射性物質が首都圏に降り注いでいて、それは政治的な課題であるのと同時に、個人が抱え込まなければいけない問題です。また自主避難や移住の問題も「個人化」されてしまっている。個人として格闘しなくてはいけない問題であると同時に、社会的・政治的な糸口というものを、どこかに持たなければいけない。また、健康被害は性別を問わず、といえども、多く「介護」「看護」や「ケア」に関わる女性の問題でもある。
 私は原発事故の直後、母親たちの子供のケアを、資本主義の中での「再生産労働」「ケア労働」の視点から論じました。巨大科学事故の「負債」を、誰が担っているのかという問題です。それも貨幣に換算できない領域で。「単なる母性主義だ」とか「家族主義を強める」というフェミニズムの論者もいましたが、検討違いです。なによりその人たちは、初動の自分たちの言動が都合が悪かったのか、今やすっかり何も語っていません。福島の甲状腺がんの多発や、自主避難者の母子家庭に支援の手をさしのべようとはしていません。この初動で、全体状況を見誤って、事故の当事者にむけられた批判は、どこかでいったん検証しなければならないと思っています。
 今思うと、被曝による健康被害の情報は、適切なものも、眉唾なものも、事故後にバーっと広がったと思います。正直、玉石混交でした。情報のアナーキー状態。
 それでも人々は、そのなかから賢明に取捨選択し、ある種の「リテラシー」「状況知」が形成されたり、獲得されていたと思うんですね。ところが次第に、それが黙らせられていく「瞬間」「出来事」というものが、はっきりあったと思います。目に見える制度的「検閲」以上に。それはメディアが仕組んだとか、行政がとか、環境省が仕組んだ、と明確に断定できるわけではなく、意図せざる結果なんだけれども、「健康被害」を話すことをためらわさせる状態が作られていった。
 たとえば、一つには、皆さんご存知かと思いますが「『美味しんぼ』の鼻血問題」があったりしますよね。あれも何が問題かというと、ああいった表現を問題にされる方もいらっしゃるかもしれないけれども、あの表現に対して、町から意見が出て、そのあと福島県から意見が出て、最後は環境省が「そういったことはありません」といったような否定を出した。
 私はフェミニズムになじんできたので女性の身体に関することも、かつては支配的言説によって、語ることが封じ込めらてきたということを知っています。たとえば月経の話でいうとそれは「不浄なものだ」とか、「個人的な問題だ」と時代によって言われたりしてきた。それでも、言いづらいことを、女性が声をあげたり、あるいは、社会的に認めさせるための様々な動きがあった。「生理休暇」を認めさせるとか。個人的にさまざまな症状を抱えるとか。
 3・11後の健康不安や、生活に関する懸念は、どうも政治的空間のなかですら黙らされっぱなしで、話すことすらタブー化されてしまう。それは、検閲であるとか、制度的にかっちりと決められているわけではないのですけれども「人の心がもたらす検閲」というか「自発的検閲」というか、「そういう話をするのはやっかいだから」とか「また被曝は怖いとか言ってんの?」と。ともすると、その人の資質にまで還元されてしまう。
 でも今も問題にして、語っていかなくてはならないというのは、なにより状況が閉塞化しているからなんですよね。「まだそんな話してんの?」「まだ心配してんの?」という人には、即、切り返したいですね、逆に。「被曝対策に関する政策や、改善・進展したものってありますか?」と。避難に対する補償の話でも、制度的にでも。ないでしょう?
 ポール・ヴィリリオはチェルノブイリ事故を、「時間の事故」と呼びました。このゆっくり崩壊していく社会を凝視し、観察していかなければならないのだと思います。
 また、一方、ロシア研究者の尾松亮さんが研究・報告されていますが、チェルノブイリでの住民と原発収束作業員の運動があり、日本社会でも病者の運動、公害の健康被害を受けた方の運動はたくさん知られていますね。
 戦後70年経って、今も原発訴訟はたくさん起こっています。そういうところを参照するにつけ、まず「被害を受けたかな」という人たちが、話しやすい環境、つながっていく言説空間を時間をかけて作っていかなければならないと思います。チェルノブイリ後の社会支援については、「社会体制が異なるから日本ではできない」と即反発をよびますが「核災害史上」の対応としておおいに参照されるべきだと思っています。
 被曝の問題は、立証不可能だというところが、原子力を推進する側には強みである。原発事故との対応関係が1対1でないのはやっかいなことです。それでも心のどこかにとめておくと同時に、何らかの記録というものを、つけていく必要があるんじゃないかと思っている。
 本来は、「被害を受けた側」が立証しなくてはならないということ自体、「理不尽」なことです。それでも今からでも遅くないですけれども、3・11の前後に何をしていたかとか、どこにいたかとか、関東であれば自宅の周りの土壌だとか、記録をつけていく。それから私は関東で、ガラスバッジを1週間つけるプロジェクトにも参加したことがあります(これは身体の前面のみ計測するのでトータルな被曝量が把握できないという問題もありますが)。そういうものを今からでもやってみるとか。その積み重ねが、将来的には何らかの強みになるのではないかと思っています。
 また繰り返しになりますが、癌や、難病の患者さんの取り組みの中で積み重ねられてきたことだと思うんですけれども、経験の共有化だとか、相互扶助だとか、情報の交換だとか、すごく必要だと思います。「被曝が怖い」「被曝は大変だ」というイメージの中に、病気のイメージの具体性のなさというのがあると思います。
 事故から5年経って、今は、議論している時期をとっくに過ぎている。どれが正しくて、どれが正しくないかということではなく、具体的に自分の身を守る、自分が病気になったときにどう対処するかということを、少しでも、孤立するのではなく、共有化しなければいけない。具体的な自助組織的なもの、自助組織でありながら、助け合いであって、かつ政治的でもあるというか、そこで完結せずに、社会に開かれているような形をとっていくようなことが必要なのでしょう。
――「『美味しんぼ』問題」や他のことでも、反原発の言説を潰すためのものとして、理学者、物理学者、科学啓蒙家などの、自然科学者の、見えないところでのネットワークのようなものが存在していて、言説を抑圧しているように感じるのですが、どうでしょうか?
松本 「「被曝」潰し」の言説がどこからわいてくるのかということですよね。それは、経済力があるのか、利害関係があるのか、それとも自主的なものなのかということですよね。それについては、不明点が多々あります。調べに調べて、特定すれば、特定できるところはあるかなと思っています。気がかりなのは、3番目の自発的検閲、自発的安全神話への服従というべきものが、力を持ってしまっているというのが、すごく怖いと思います。
 「こいつらが組織的にやっているんだ」というのだったら、1個つかまえれば、これがお金の出元で、こうなっているんですよというのは論証可能です。そういうことをやっていらっしゃる方は、原子力広告の部門で、本間龍さんがいらっしゃいますね。また少し別の領域ですが、福島第1原発の津波の「想定外」という言い方が、ばーっと広まったわけですが、この検証に関しては添田孝史さんが原発立地までさかのぼって「想定外」ではなかったことを立証しています。いずれも大変な労力を費やしておられます。また日野行介さんの著作も不可欠ですね。
 そうした優れたルポルタージュなども手掛かりに、3・11のあとの被曝過小評価の言説検証は行われるべきと思っています。もうひとつのやっかいなほう、身の周りの日常生活で、人間関係を分断していくものは自発的な検閲や自発的な服従です。積極的に支配者の言説に加担してしまうのは何でなんだろうかというのは常に留意したいですね。顕在化する被害が空間的、時間的にも広範囲、多岐にわたっていることから「つながること」「連帯すること」がむずかしいというのが、原子力事故被害の特徴なのだと思います。とりわけ新自由主義とネオリベラリズムを経由して自己責任論、自助努力論がすっかり浸透してしまった社会ですから。
 またこの事故は、ソーシャルネットワークが発達した中で起こった、初めての事故だったわけです。欧州原子力共同体、ユートラムでは「ソーシャルネットワークが原子力災害にどう機能したか」ということがすでに研究テーマ、分析対象になっています。
 私も事故当初最初の2年3年くらいで、積極的に安全神話を信じていく知人、友人に対して「何であいつは寝返りをうつようなことを言うんだ」とか思っていたのですが、あまり思っても消耗するだけなので、今は世論形成に動員されていく対象として眺めてしまうことがあります。あきらかに被害の過小評価の線上にある「「被曝」潰し」の言説に、人々がなぜ主体的に服従してしまうのかということ。もちろんケースは違いますが、過去に、水俣病や原爆の被害でも、いろいろとあったりしたと思います。そういったところと照らし合わせながら、見ていく必要もあると考えています。
 事故から6年目を迎えて、これからも顕在化する健康被害も含めて、有形無形の被害、人々のつながりを分断していく力はますます強大になっていくでしょう。2017年の3月には自主避難者への住宅提供がうちきられようとしてる。最近政府が言い出したのは2021年には、なんと帰還困難区域も解除する方針です。オリンピックも含めて、日本政府は全力で、原発事故の収束演出にやっきです。これは個人の記憶という以上に、風化させてはいけない、と言いながら、事故の責任もあいまいに、事故後の対応の責任もあいまいにするという「構造的風化」の社会的演出がますます強まっています。
 そして、ここではエビデンスを示しての論証過程は省くが、ごく少なく見積もられたICRPによる計算のモデルを利用したとしても、福島原発事故による放射能汚染の人的被害で、年に数千人の過剰な癌死が東京圏でも増えると言えるそうだ。このことは確認しておきたい。
 一つ指摘したいのは、101万人のがん患者が見つかるとか、放射能の被曝により東京圏で数千人の癌死が増えるというのは、ただの統計による数字に過ぎないということだ。一人一人のがん患者は、それぞれ、別の状況におかれて、病床にて苦痛を受けている。
 ところで、私はテレビが嫌いでまったく見ないので知らなかったが、本稿執筆中、鳥越俊太郎という人が東京都知事選挙に出ていると聞いた。その人も、私と同じく大腸がんで、肝臓に転移していて、さらには私も転移していない、肺にも癌があったが、今では元気に都知事選に取り組んでいるから、松平も頑張ってね、という旨の励ましを人様からいただいた。気にかけてもらえて私を前向きにさせるために、声をかけてくれているのは分かる。しかし、誰それの重い大腸癌が治ったからといって、私も同じように治る保証があるわけではない。
 癌患者をしばらくやっていると、「癌ハラスメント」みたいなものがあるのかなと感じることがある。「同じ大腸癌で」、「同じステージ4だけど生きている人がいる」と言っても、それぞれの人を待ち受けている運命は、一様のものではありえない。
 蛇足に蛇足を重ねるようだが、鳥越は女子大生とのスキャンダルが噂されていて、その件について、私は鳥越はシロだと思う。それもともかく、私は久しぶりにセックスをしたら、脱腸が起こってしまった。腹部に少しでも圧力がかかろうものなら、人工肛門から腸がはみ出してきてしまうのだ。今は、脱肛が癖になり、身を起こしていたり、心理的なストレスがかかったり、食事をした後には、切腹した侍のごとく、ダラリと内臓が吹き出てしまう。ほうっておくとどんどん出てきてしまうので、手で押し込んだり押さえておく必要がある。体内で腸がくっつかずにブランブランの状態になっているためらしい。医者には、抗がん剤がよく効いた結果としての副作用の可能性か、癌が悪くなっている可能性かのどちらかだと聞いた。
 こんな状態では、女性と二人で部屋で会うのも怖い。もう死ぬまでこんななのかなと、目の前が真っ暗になり、思考が停止した。何日か前に、親に「孫の顔が見たい」といった趣旨のことを言われたことを、ウンザリと思い返した。脱腸の症状は、横になっていれば治まるのだが、このままでは、ほとんど起き上がることのできない、寝たきりの生活になってしまうのではと危ぶんでいる。同じ大腸癌患者といっても、その闘病生活は人により様々である。
 原発を癌にたとえる人がいた。悪性腫瘍は人間の仲間のふりをして、免疫細胞の攻撃を逃れ、健康な器官へと仲間を送り込み、そこを汚染し、身体中の至る所に転移し、次々と腫瘍を増やしていく。そして、身体の主要な器官を一つ一つ破損させていき、やがて死を招く。地球にとって原発とは癌だ。原発推進派は、聞こえのいい言葉で原発の必要性を説き、「明るい未来のエネルギー」を騙り、日本社会に深く根を張った。世界における原発勢力という病巣は、深刻だ。
 私は、私自身が、「原発事故による健康被害者」かどうかは分からないが、少なくとも「3・11被曝被害者」の一人として、次のことだけは語りたい。それは、悲惨な癌死を一人でも増やす原発を「決して許すな」ということだ。
 癌は、それぞれの人の、一つ一つの内臓を不可逆的に損傷させていき、痛みおおき死によって、患者を癌死させうる。亡くなるがん患者には、それぞれの人に、それぞれの人の文学的生がある。先行きなき、終わった科学技術である原発政策で、そのような癌死患者を、一人だって増やしてはいけないはずだ。本当に勘弁して欲しい。

ショックドクトリンによる共謀罪国会再上程阻止!国家緊急権反対! 盗聴拡大・戦後刑事司法解体法の廃案を勝ちとろう! ―戦争・治安法ラッシュを阻止する闘う流れを共同して創りだそう―

戦争国家実働化を阻止しよう!

今春は戦争・治安法改憲攻防の山場になる。戦争法・辺野古・反原発などを先頭に実働化阻止攻防が続く一方で、国内安全保障体制確立を目指す治安立法攻撃が相次ぐからだ。11・15パリ同時襲撃事件に対し、オランド仏首相は自らの空爆を棚にあげ・これは戦争だ・と叫び、気候温暖化反対デモ参加者200余名を逮捕するなど、いまも全土に戒厳態勢を敷いている。  5月伊勢志摩サミットを睨む安倍政権は、12・4「テロ対策の強化・加速化」方針を決定し、警察庁SAT(特殊急襲部隊)が自動小銃を携行する決定を下した。 昨年の戦争法攻防を反省することもなく暴走を続ける安倍政権は、国家緊急権を軸にした改憲に向け、その実質的態勢強化に向かっているといえる。惨事を自ら仕掛け便乗するショックドクトリン以外のなにものでもない。  私たちは、9・11事件を奇貨とした米・ブッシュ政権が、大量破壊兵器所有の大嘘で世界中を騙してアフガン・イラク戦争を仕掛け、IS台頭など中東に戦争と虐殺、大量難民を引き起こした直近の歴史を忘れるべきではない。  加えて、オランド政権が延長した非常事態法の内容に強く注目し警戒する必要がある。2010年頃から、米・英・仏・独・露・中そして日本など世界的な反・テロ・法ラッシュが続き、新たな段階に突入しているからだ。アルジェリア侵略戦争を機に制定された非常事態法は、直近では2005年パリ近郊での移民労働者叛乱に仕掛けられたが、今回は同法を改悪して適用され、更に憲法改悪まで目指されている。 劇場・集会場閉鎖、集会禁止、 危険な者の居所指定と警察・憲兵隊への出頭命令、 昼夜の別のない家宅捜査、 マスコミ等の規制、 居所指定されたメンバーが属する団体の解散命令などが、その内容である。新自由主義の危機深刻化の中で、従来型の統治能力をほぼ失ってきている帝国主義者らにとって、国家緊急権はオールマイティ・カードとしてある。  伊勢志摩サミットを控えた日本警察も『警察学論集』本年1月号で・テロ・対策特集を組み、官民共同で、治安弾圧・管理態勢を強化している。現場での弾圧エスカレート─秘密法に次ぐ盗聴法・司法取引そして共謀罪─国家緊急権による改憲は、文字通りワンセットである。民衆運動の未来を賭けて、何としても打ち砕かなければならない。 共謀罪国会再上程阻止!惨事便乗の安倍政権は恥を知れ!  共謀罪を再上程しようとする自民党の動きや『産経』の扇動は、ショックドクトリンの最たるものである。しかし、共謀罪国会再上程の策動は一昨年も前から菅官房長官らが国連組織犯罪条約批准に必要だと公言して、虎視眈々と狙ってきたものである。マフィア対策を主眼とする同条約は、パリ同時襲撃事件やテロ対策とは直接の関係はない。デマを流し、使えるものは何でも使おうとする政治姿勢は強く糾弾しなければならない。  『産経』が悪扇動する・国内テロ・対策としての・組織犯罪準備罪・の骨格は、第1次安倍政権が画策した・テロ等謀議罪・と瓜二つである。しかも、当時の売り物であった(今では700近くに上ると推定される)対象犯罪削減に全く触れないなど、安倍政権の強硬姿勢が露わになっている。  民法改正など昨年通常国会来の積み残し法案や刑訴法等改悪案参院審議が残り、常識的には今通常国会への共謀罪上程は無理だとされるが、2月に東京で国際テロ・国際組織犯罪専門家会合が開かれるとの情報もあり、予断を許さない。早急に反対の声をあげ、反撃に起ちあがろう。 刑訴法等改悪案の参院廃案を勝ち取ろう!  刑訴法等改悪案をめぐる攻防は続いている。盗聴拡大・裏切りや密告の制度化・冤罪拡大をねらう刑訴法等改悪案は、衆院通過を許したものの、反対運動の力で、政府・法務省・日弁連執行部などが狙っていた昨年通常国会成立を阻止した。・全会一致・の短期・拙速制定に賭けた法務省らの目論見は失敗した。安倍政権の秘密法→盗聴法→共謀罪制定による現代版治安維持法態勢構築への野望に対して大きな打撃を与えている。  昨年通常国会閉会以降も、日弁連人権擁護大会情宣、院内集会、福岡市民デモ、全国52単位弁護士会への反対声明要請、2・5日弁連会長選情宣、国会行動、単位弁護士会主催の共謀罪集会など、いまも反対の声は広がっている。力をあわせ、悪法を廃案に追い込もう。  通常国会の予算案審議終了後の4月から刑訴法等改悪案審議が始まるとされるが、廃案に追い込むには、それを待つわけにはいかない。院内・外を貫く闘い、参院選(廃案)まで実質一カ月半の攻防をいかに闘うかが問われている。『産経』1月21日号が同法案について・暗雲漂う─国会日程余裕なく…関係者落胆・と報じたが、一方で強行採決も噂されている。法務省らに悪夢を見させてやろう。気を引き締め、大衆運動の力で参院採決阻止─廃案へ! 反対の声を大きく広げよう。  戦前日本では、関東軍による張作霖爆殺事件を・満州某重大事件・とのみ報じ(真相は東京裁判まで隠され)、その3年後の関東軍将校らの謀略による・満州事変・勃発時には、NHKが史上初めて臨時ニュースを流して排外熱を煽りたてるまでに至っていた。爆殺事件直前の28年大弾圧(全国で約1600人一斉逮捕)と治安維持法改悪で反天皇・反戦勢力がほぼ壊滅させられた歴史を再び歩むわけにはいかない。 国家緊急権反対・改憲阻止の共同反撃へ!  新たな危機の中で進む世界的な・対テロ戦争・と安倍政権の暴走に抗して、戦争・治安エスカレート─明文改憲策動と対決する奔流を創りだすことが、のっぴきならない形で問われている。私たちは、今春の攻防を・共謀罪も盗聴法も秘密法もいらない・・国家緊急権反対・改憲阻止・・対テロ戦争反対・を掲げて全力で闘い抜くとともに、研究者・弁護士・各領域の活動家などが集まって交流・討論する「戦争と治安管理に反対するシンポジウム」を開き、濁流に抗して闘う態勢を創りだす。戦線を超えて共闘し、共に反撃しよう。時代の転換点を共に闘い抜こう。 戦争と治安管理に反対するシンポジウムィ「対テロ戦争とは何か? 今こそ断ち切ろう!戦争と弾圧・排除の道」3月13日(日)13時開場・13時30分~19時南部労政会館、 分科会(13時半~一六時) ・戦争・治安・改憲安倍暴走の行方  提起者:石川裕一郎さん(憲法学者)+現場から ・共謀罪・盗聴法・秘密法戦争・治安は一体 提起者:春日勉さん(刑訴法法学者)+山口正紀さん(ジャーナリスト) ・国家主義差別・排外を撃つ 提起者:安田浩一さん(ジャーナリスト、予定)+現場から 全体集会 16時半~19時 パネル・ディスカッション 提起者:清水雅彦さん(憲法学者) コーディネイター 足立昌勝さん(刑法学者) 連帯挨拶・リレートーク等 ・資料代 前売券500円・当日600円 *3月22日(火)「冤罪をふやし、盗聴・密告をはびこらせる刑訴法等改悪法案を廃案に!市民集会」(盗聴・密告・冤罪NO!実行委員会主催、18時~南部労政会館、500円)にご参加ください。共同行動の予定はhttp://hanchian.3zoku.comに流します。 (石橋 新一/破防法・組対法に反対する共同行動)

救援連絡センター財政強化のお願い

常日頃からの救援連絡センターの活動に対するご理解と協力にあらためて感謝します。
救援連絡センターが設立された1969年3月から、47年目の新年2016年が始まりました。
救援連絡センターは、1970年代、安保・沖縄・学園諸闘争への警察権力による弾圧に対する反弾圧救援運動の昂揚の中から生み出されてきた大衆的反弾圧団体です。「2015年安保」とも呼称されている、安倍自民党・公明党内閣による「集団的自衛権」行使容認といった戦争法案の強行は、昨年8~9月国会前での圧倒的な人々の怒りの爆発を呼び起こし、国会前と周辺、永田町一帯は、かつての60年安保、70年安保闘争を想起させるような事態になっています。
昨年秋、安倍自公内閣は、10月内閣改造を行ないながら、臨時国会も開けない事態に追い込まれました。一昨年、秘密保護法制を強行し、昨年の国会では盗聴対象拡大、司法取引捜査の合法化、といった刑事訴訟法等の改正案が参議院に「継続」になったまま、今年1月4日開会された第190通常国会に引き継がれています。他方で、沖縄・辺野古新米軍基地の建設を、沖縄県民の意思を無視して強行し、全国各地の原発再稼働を強行しようとしています。
かつてに比べれば、逮捕者の数こそ圧倒的に少なくなったとはいえ、こうした戦争と弾圧の激化の中で、03-3591-1301(ゴクイリイミオーイ)の役割は、増々重要になっています。
昨年一年間、救援連絡センターの財政は、極めて逼迫し、事務局員の活動費の遅配、欠配も続いています。あらためて、皆さんに以下の財政強化方針に協力いただくようお願いをする次第です。

第一 2016年、今年もあらためて、各地域、職場、単位からの一般カンパをお願いします。

第二 協力会員、『救援』定期購読者の拡大に協力をお願いします。
協力会費 (一口・毎月1000円×12=年間12000円、購読料も含みます。)
購読料  (一部300円・年間12号分で第三種開封郵送料こみで4500円、密封5000円)

第三 「強化基金」への協力をお願いします。
強化基金(毎月3000円×30口=9万円 目標)
事務局員4人目の「活動費」の確保と不足分の補充を目的にしています。

2016年 1月   救援連絡センター運営委員会
代表      足立 昌勝
代表弁護士  葉山 岳夫
事務局長   山中 幸男
運営委員   長谷川英憲
同        三角  忠

「パリ地域6カ所同時襲撃事件」―今、問われるべきこととは何か?    鵜飼 哲(一橋大学教員)

11月23日、フランスの首都パリとその郊外で計六カ所が同時に襲撃され、死者は130名、負傷者は350名を超えた。21世紀に入ってからヨーロッパで起きた同種の出来事としては、2004年3月11日、スペインの首都マドリード駅頭の爆発で191名が亡くなって以来の規模の大量殺人となった。同じ時期にはイギリスの首都ロンドンでも、2005 年7月7日、ほぼ同時に四カ所で爆発が起き、56名の死者が出ている。ここで想起しなければならないことは、この時期スペインとイギリスが、アメリカとともに、イラク戦争に参加していたことである。
今回なぜフランスが狙われたのかという問いに対して、今の段階で十分な回答を示すことは難しい。この同時襲撃の実行主体として声明を発した「イスラーム国」の登場は、現在のイラク、シリア、ひいては中東全域の地政学的条件の錯綜のため、その経緯を正確に把握することは容易ではない。また今回の声明に、実行の計画主体でなければ知り得ない情報は何も含まれていない。1月のシャルリ・エブド社襲撃事件ですでに激しく動揺しているフランス社会に、さらなる打撃を加えることで、ある方向にこの国を動かすこと、それがどの国、どのような勢力の利益になるのかはかならずしも自明ではない。ひとつだけ明らかなことは、今回の事件が、現在のフランスが、2004、5年のスペイン、イギリスと同じく、中東・アフリカのいくつもの地域で軍事作戦を展開していることと、無関係ではありえないということである。
筆者は今年の3月末までパリ10区に住んでいた。今回襲撃を受けたカフェ「カリヨン」、レストラン「プティ・カンボッジ」は、当時の住まいから徒歩10分の距離にある。共和国広場から東に向かうサン=マルタン運河沿いのこの地区は、夏は河岸が人で埋まる人気のスポットであり、「ボボ」と呼ばれる新興若年富裕層や観光客で賑わうエリアの北限であるとともに、多様な民族的出自の人々の混住が市内でもっとも進んだ諸地区にも隣接している。トルコ人、クルド人が多く住むサン=ドニ地区、アフリカ人のコミュニティが定着したシャトー・ドー地区、ロンドンとの交通の便のためにインド人、スリランカ人中心の町となった北駅および東駅の周辺、アラブ系、ユダヤ系の人々が長く共存し、ヴェトナム人、中国人の人口も増加してきたベルヴィル地区からも遠くない。もっとも多くの人が殺されたコンサート会場バタクランは、ポピュラー音楽が戒律にもとるものとして「断罪」されたのだろう。フランスとドイツのサッカー親善試合が行われていたサン=ドニ市のスタード・ド・フランスは、観戦中の共和国大統領が象徴的標的だったと思われる。それに対し10区、11区では、部分的に実現されつつある多民族共生社会が攻撃されたのではないだろうか。
1月のシャルリ・エブド襲撃事件には前史があった。同紙によるイスラームの預言者の風刺画の掲載は、フランスのムスリムを代表する機関であるパリ大モスクからの告訴を受け、裁判の結果、2007年3月、風刺新聞社側が無罪となる司法判断が下されていた。編集委員等の殺害の実行者たちが、モスク側の敗訴というこの結果を受けて、「預言者の復讐」を誓ったことは想像に難くない。その意味でこの襲撃は、政治的である以前に、宗教的、社会的、文化的な事件だったと言えるだろう。それに対し今回のパリ地域六カ所同時襲撃事件は、その規模と無差別性において、ある企図のもとに周到に計画、遂行された作戦行動であり、組織的、政治的性格が強く感じられる。
フランスは戦争中の国である。1月の事件以前から鉄道の主要駅では、迷彩服の兵士たちが二人一組で、つねに機関銃を手に巡視活動を行っていた。兵士たちの存在は通行人に、自分たちが守られているという安心感以上に、いつ何が起きてもおかしくないという不安を感じさせていた。欧州議会選で極右政党・国民戦線が躍進した2014年のフランスには、災厄の予感が、日常の生活感覚のなかに、すでに耐え難いほど広がっていたのである。
2011年3月、フランスは国連決議1973を根拠に、イタリア、イギリス、アメリカとともにリビアに介入し、指導者カダフィの殺害に至る政権転覆を強行した。注意すべきは、この軍事作戦が、米、英以上に仏、伊によって主導されたことである。2012年5月、社会党の候補フランソワ・オランドが大統領に当選、内政、外交ともに、サルコジ時代の悪政が、多少なりとも是正されることが期待された。しかしこの期待は残酷に裏切られ、就任後1年の間にオランドの人気が回復したのは、2013年1月、マリの内戦に介入したときだけだった。この時オランドは「テロリストを破壊する」という戦争目的を広言し、フランスはこうして、アフガニスタンとイラクの失敗以降、米英がもはや使わなくなった「対テロリズム戦争」のレトリックに、いわば一周遅れで訴えるようになったのである。
無為に終止したエロー内閣の後を継いだヴァルス内閣は、就任早々ネオリベラリズム路線を鮮明にし、ブルターニュのノートル・ダム・デ・ランド空港建設反対運動など、エコロジー系の地域闘争にとりわけ激しい敵意を向けた。今回の事件後の緊急令によって、空港反対闘争の中心的な活動家3名が居住地指定処分を受け、COP21開催に対する抗議行動に参加するためパリに移動する自由を奪われた。現在のフランスで「テロリスト」という言葉が使われるとき、イスラーム主義的な「聖戦」派だけが狙われているのではない。このタイプの予防弾圧は、今後いっそう深刻になることが予測される。
シリア以前にフランスは、リビア、マリ、中央アフリカと、アフリカでの軍事活動にのめり込んでいた。そして昨年9月、フランス人登山家がアルジェリアのオレス山中で「イスラーム国」を名乗る集団に殺害された後、イラクにおける対「イスラーム国」空爆作戦への参加を決定したのである。しかし、シリアの旧宗主国フランスは、この間一貫してアサド政権の退陣を要求してきたため、シリアの「イスラーム国」支配地域への空爆には及び腰だった。それが今年九月、二万人のシリア人難民受け入れ方針の公表と同時に、難民の「発生源」を叩くという口実で、シリア空爆に踏み切ったのである。この決定について、政府内に意見の不一致があることを見透かされ、今回の事件を招いた可能性は否定できない。
2003年のイラク戦争開戦前夜、フランスが国連を舞台に精力的に展開した戦争反対の意志表示を思い出すなら、10年あまり後にこの国が、なぜここまで来てしまったのか、いくつもの疑問が浮かび上がる。国内では公教育におけるヴェール着用禁止法の制定(2004年)、郊外における若者の叛乱に対する弾圧(2005年)とムスリム系市民への抑圧政策が強化され、中東政策ではサルコジ政権下で親イスラエル路線への転換がなされ(2007年)、2009年、フランスは43年ぶりに北大西洋条約機構(NATO)に復帰する。ただでさえ日常的な差別にさらされ、平均の3倍を超える失業に苦悩するアラブ、アフリカ系の移民やその2世、3世が、いっそう疎外感を深めざるをえない方向に、この国ははっきり舵を切ったのである。2010年代の軍事介入路線は、以上のような内外の一連の政策転換の延長上に出てきたものである。今回の大規模殺戮にどんな政治的目的があったにせよ、フランスの国家および社会の急激な変化がはらむ社会的かつ地政学的な矛盾が、意図的に、鋭く衝かれたことは間違いないだろう。
日本の民衆運動にとって重要な点は、フランスのNATO復帰が、安倍内閣の日本とフランスの、急速な接近の前提となっていることである。従来国連の常任理事国は日本に対し、米英が支持、中ロが反対という構図のなかで、フランスはキャスティングボートを握っていた。フランスのNATO復帰によってこのバランスは崩れ、核兵器保有国にして原発大国のフランスと日本の外交関係は福島原発事故を契機に急速に変質し、いまや国際政治上の重要なパートナーシップを形成しつつある。
日本を訪問したヴァルスは10月3日、安倍に対し、来たるべき国連改革において日本の常任理事国入りを支持すると明言した。旧植民地帝国同士のこの友好関係の深化には、マリ介入の際フランスから自衛隊の派遣要請があったことからも明らかなように、すでに軍事的次元が含まれている。現在のグローバルな帝国主義的軍事再編のなかでは、集団的自衛権の問題を日米関係に限定して捉えるだけでは決定的に不十分である。米国の戦争政策に追随するばかりでなく、独自の帝国主義的利害にもとづいて、国連政治上の実績を積み上げるために自衛隊を戦地に派遣することが、安倍内閣の政治日程には、すでに組み込まれていると考えるべきだろう。
3ヶ月に延長された緊急令に対し、フランスの民衆運動は、「難民歓迎デモ」(11月22日)、「COP21に対抗する人間の鎖」(11月29日)を敢行し、多くの逮捕者を出しながら、力強い抵抗を開始している。私たちもまた、米英仏のシリア空爆に反対し、日本の加担を許さない国際主義の闘いを、緊急に組織する作業に取りかからなければならない。