第一部 弾圧との闘い【1】

一、日常的な場で

 弾圧は必ずしも逮捕されてから始まるわけではありません。近年、主要道路へのNシステム設置や繁華街への監視カメラ設置など「全ての人の一挙手一投足を監視する」といった状態が作られつつあります。こうした日常的な弾圧と闘うことなしには、私たちの人権を守ることはできません。

 権力との緊張関係がある人で、身の回りで不審な動きがあった場合は注意しましょう。部分を見れば些細なことでも、それが全体としてどんな意味を持つのかを分析する必要があります。警察は膨大な基礎調査の上で、逮捕などの弾圧を仕掛けてくるのです。

 また、「自分は何もしていないから関係ない」という人もいるかも知れません。しかし、盗聴や組織的な犯罪の取り締まりが合法化され、共謀罪が新設されようとしている現在、いつ自分に弾圧の火の粉が降りかかるか分からないのも現実です。「ひとりの人権はみんなの人権」という言葉を胸に刻んで、冷静に対処しましょう。

 さて、警察は「犯罪」を予防するために、日常的に職務質問、検問、所持品検査、尾行・立入、張り込み、写真撮影、カメラでの監視、盗聴などを行っています。また、地域を回って「巡回連絡カード」記入への協力を求めることもあります。このカードには個人情報から勤め先や自動車のナンバーまで書く欄があり、どんな人間が住んでいるか掌握することができるのです。さらに、全国で制定されている生活安全条例の下で、自治体と地域住民と警察が結びついて、地域から「不審者」を洗いだし、排除していくといったやり方も常態化しています。

 警察の弾圧と向き合う場合には、一人ひとりの意識が問われてきます。その上で、知恵を出し合い、弾圧に対する予防策あるいは積極的な反撃の方法を考えていかなければなりません。この項目では、逮捕そのものではなく、日常的な警察の調査活動などにどう対処したらいいかを考えていきます。

1 職務質問に関するそもそもの話

 道を歩いているだけで、警察官に呼び止められ、氏名や住所・行き先などを尋ねられ、場合によっては所持品検査をされることがあります。これが職務質問です。警察側の宣伝によれば、職務質問によって「犯人」を検挙する率が非常に高くなっているとかで、都市部ではかなり頻繁に行われています。特に最近では、「テロ対策」などの口実も加わって、やりたい放題です。

 警察が行う捜査には、強制捜査と任意捜査の二種類があります。強制捜査とは、例えばその人に手をかけ、逮捕して留置場に勾留し取り調べを行うといった、物理的な有形力を行使して行う捜査のことです。強制捜査は、個人の法益を侵害する行為なので、刑事訴訟法では任意捜査を原則とし、強制捜査には厳格な令状主義を採用しています。個人の自由を奪うからには、必ず裁判所から令状を発布されるという形で許可を得ないといけないというわけです。これに対して任意捜査では、令状は必要ありませんが、警察はあくまで「協力をお願いする」ことしかできません。職務質問は任意捜査のひとつなので、警察官に呼び止められても、「住所・氏名など」を答える義務は全くありません。ただし、任意捜査における有形力の行使については、判例によっては、必要性、緊急性があり、相当と認められる限度に基づいて一定認めているものもあります。まずは、職務質問に関係する法律を紹介します。職務質問をされたら、これらの法律を警察官に言い返すというのも一つの手です。

 日本国憲法第三十三条【逮捕の要件】

 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官権が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

 第三十五条【住居の不可侵】

 ①何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基づいて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

 ②捜索又は押収は、権限を有する司法官権が発する各別の令状により、これを行ふ。

 刑事訴訟法第百九十七条【捜査に必要な取調】

  ①捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。

 第百九十八条【被疑者の出頭要求・取調】

 ①検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。

 犯罪捜査規範第九十九条【任意捜査の原則】

 捜査は、なるべく任意捜査の方法によって行わなければならない。

 第百条【承諾を求める際の注意】

 任意捜査を行うに当り相手方の承諾を求めるについては、次に掲げる事項に注意しなければならない。

 一 承諾を強制し、またはその疑を受けるおそれのある態度もしくは方法をとらないこと。

 二 任意性を疑われることのないように、必要な配意をすること。

 次に、職務質問について定めた、警察官職務執行法第二条を紹介します。

警察官職務執行法第二条【質問】

 ①警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる。

 ②その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。

 ③前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。

 ④警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。

 一項を見れば分かるように、職務質問に際しては、警察官は、どんな「犯罪」について、どんな「相当な理由」を持って疑っているのかを告げなければなりません。「本人にとって不利」か「交通の妨害」になるのでなければ、同行を求めることもできません。しかも、「求める」ことができるだけで、勝手に連行することはできません。とりわけ三項に「刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身体を拘束され、…連行され、若しくは答弁を強要されることはない」とあるように、「職務質問」では身体を拘束したり、強制的に連行したりすることができないことは明らかです。

 ですから、逆にこちらから警察手帳の提示を求め、相手の名前、所属部署、役職、階級などを確認した上で、どんな理由で職務質問をしようとしているのか聞きただすこともできます。警察官は、身分証の提示を求められたら、警察官服務規定により必ず警察手帳を提示せねばならず、かつそれは表紙部分ではなく、警察官の写真が貼ってあるページを見せなければなりません。これは警察官にとっては義務ですが、こちらは任意なので、「お巡りさんが見せたんだから、あなたの名前も教えてよ」といった問いに答えなくていいことは言うまでもありません。

警察手帳規則第五条

 職務の執行に当り、警察官であることを示す必要があるときは、恒久用紙第一葉の表面を提示しなければならない。

 身体拘束ではない以上、救援連絡センターや弁護士などに電話をかけることなどは自由にできます。ところが実際には、ただ呼び止めて色々質問するだけでなく、所持品を調べたり、押収しようとしたり、あるいは警察署や交番に無理矢理連行しようとすることがあります。所持品検査に関しては、職務質問に付随する行為としてなしうることもあるという判例もありますが、一般的な明文規定は存在しません。あくまで任意捜査の一環として、本人の同意・承諾を得て行わなければならないことは言うまでもありません。この場合、承諾は「黙示」でも構わないとされているので、はっきりと口に出して拒否することが重要です。黙っていると「承諾した」と取られてしまいます。例えば、大声で抗議し、可能であれば撮影・録音なども追及すればよいでしょう。周りに人垣ができ、多くの人たちが見守る中では、警察官もひどい振る舞いをしにくくなります。

 警察官は、職務質問・所持品検査をすることができるのではなく、ただ頼むことができるだけなのです。ですから、決して逃げようとはせず、毅然として拒否して普通に歩いていく限りは、それ以上は手出しできません。また、巷で職務質問をされている人を見かけたら、ケースによりますが、「酷いことはやめろ」と第三者の立場で言ってあげることが、職務質問を断念させるには有効である場合があります。

2 自動車、自転車の検問にあったら

 自動車を運転していると、停車を命じられ、運転免許証や自動車検査証の提示を求められることがあります。検問には交通検問、警戒検問、緊急配備検問の三種類があります。

 道路交通法第六十一条、六十三条、六十七条に基づいて行われる交通検問では、危険防止のため整備不良車に「停車」を命じ、「自動車検査証」「運転免許証」の提示などを求めることができるとされています。最高裁判例では、交通検問が適法であるための要件として、交通違反の多発する地域などの適当な場所で行われること、交通違反の予防・検挙のためであること、相手方の任意の協力を求める形で行われること、短時間の停止であること、自動車の利用者の自由を不当に制約しない方法・態様であることを挙げています。

 また、特別警備体制の際には、警戒検問が敷かれます。これは、不特定の一般犯罪を予防検挙することを目的としたもので、不審車両については警職法第二条一項の停止行為を準用した形で「停車」を求めることができるとされていますが、通過する車両を無差別に検問しているのが実情です。しかし、通過車両のトランクを無差別に検査することまでは許容されていません。

 さらに、特定の犯罪が発生した場合に行う検問として、緊急配備検問があります。

 いずれも、はなはだ不当なことですが、現場の警察官の裁量で、いかなる車両を停め、いかなる者に対して、いかなる質問をするかが決められているのが実情です。これに対しては、あくまで任意であるという原則の上で対応するしかありません。ましてやトランクの中を開けさせたり、所持品検査をさせろなどという要求には法的根拠がないので、「令状がなければ応じられない」と言って拒否しましょう。

3 有形力の行使はどこまで適法か

 任意捜査である職務質問でも、有形力の行使が適法とされる場合があります。現在、判例で有形力の行使が適法とされた捜査には、次のようなものがあります。

 職務質問の際に、質問する相手の前に立ち塞がる。

 職務質問に対し逃げようとした相手の手首を掴む。

 職務質問のため運転席の窓から手を差入れ、エンジンキーを回転させてスイッチを切る。

 職務質問に付随し施錠されていないバッグのチャックを開けて一瞥する。

 所持品を外から観察して質問する。

 所持品を見せることを要求し、本人から見せられたらこれを検査する。

 手を上着のポケットに突っ込んだままでいる相手に対し、任意に出すよう説得しながら、その手をつかんで引っ張る。

 自動車を停めてする短時間の質問。

 これに対して、違法とされた捜査には次のようなものがあります。

 職務質問中の被疑者の上着の内ポケットに手を入れて行う所持品検査。

 所持している人の承諾なしに着衣の内部に手を入れ探ったり、バッグの中のものを取り出し検査する。

 自動車を停止させ、警察官四人が車内に乗り込んで、懐中電灯などを用い、座席の背もたれを前に倒すなどして車内を入念に調べる。

 運転免許証の呈示を求めた運転手が、それには応じずゆっくりとした速度で車を前進させ始めたことに対し、警察官が警棒でフロントガラスと天井端付近をかなり強く殴打して車を損傷させる。

 運転手の両腕をつかんで車外に引き下ろそうとする。

 もちろん、これらの結論部分だけを一般化できるものではありませんし、解釈についてもその時々の状況で変わります。

 違法な職務質問には国家賠償請求訴訟を提起したり、暴力が伴った場合には特別公務員暴行陵虐罪で告発するなどの対抗策が考えられます。公務執行妨害罪が成立するためには、その公務が正当であることが条件になるので、警察官の違法な職務質問に対して、質問された側が有形力を行使しても正当防衛になる場合もあります。また、刑事裁判になった場合でも、違法に収集した証拠は証拠としては使えないので、無罪となる場合があります。「違法な捜査が行われた場合には、無罪になる」という権利を私たちは持っているのです。

日本国憲法第三十一条【法定の手続きの保障】何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

4 職務質問に強制力?

 政府は、テロ攻撃の危険性が高まった際に、首相官邸や原子力発電所など重要施設の警備に関する警察官や海上保安官の権限を強化する法整備を行うため、警察官職務執行法の改正と新法の制定を行う方針を固めています。すでに〇四年十二月に策定した「テロの未然防止に関する行動計画」の中で、重要施設警備に関する必要な措置を〇六年度中に講ずるとしていました。結局、〇六年度中には、この法改正と新法制定は行われていませんが、今後注意していく必要があるでしょう。

 法整備の中身は、まず、時間的限定(国内や日本周辺でテロ攻撃のおそれが出てきた時)、空間的限定(首相官邸、国会、原子力発電所、大規模イベント会場、重用港湾施設)を設けた上で、現在は任意となっている職務質問、車両検問、警察施設への同行要請に強制力を持たせるというものです。また、テロ攻撃を受けた際に周囲への被害拡大が予想される原子力発電所などについては、人や車両の立ち入りを制限する区域の設定を可能とする新法を検討するとしています。

5 任意同行を求められたら

 職務質問の上、逮捕でもないのにパトカーに乗せられたりして、警察署に連れて行かれることがあります。これを警察は「任意同行」と呼んでいますが、本人の意志に反して連行しながらも「任意同行」というのはふざけた話です。警職法第二条二項によれば、あくまでも「本人に対して不利益であり、または交通の妨害になると認められる場合」とありますが、実際には警察署や派出所へ連行して、事情を聴くという形での取調べを行う場合も多いのです。

 これは本来の刑事手続に基づかない越権行為ですから、断固として帰ることを要求しましょう。警職法第二条三項にあるとおり、この場合は逮捕ではありませんから、どんなに遅くなっても警察署で留めることまではできません。法的にも拘束力はありませんから、あまりひどい場合は、救援連絡センターや弁護士に電話をかけさせるよう要求するといいでしょう。

 また、なんらかの「事件」の「被害者」として警察に任意同行し、根掘り葉掘り聴きだそうとすることがあります。このような場合は「被害届」に名をかりた取調べですから、絶対に応じないようにしましょう。

 さらに、職務質問のためではなく、現にある事件で行なわれている捜査のため任意同行を求められることもあります。これについては警職法のような、その要件を定めた法令は存在しません。任意の協力を求める形での捜査でしかありませんから拒否できます。

 いずれにせよ、あくまで「任意」ですから、はっきりと拒否することが必要です。「任意同行」に応じてしまった場合でも、一切調書には応じないように注意しましょう。証拠として後にとり返しのつかないことになることがあります。

6 尾行・張り込みをされていると気づいたら

 警察官による尾行・張り込みには、任意捜査の一環として行う場合と情報収集活動の一環として行う場合があります。対象者・物の情報を収集したうえで、場合によっては協力者工作を仕掛けてくることもあります。

 その目的によって方法は様々で、公然と密着してつきまとい、活動を妨害しようとしたり、逆に気づかれないようにこっそりと行います。尾行を一人で行うことはなく、複数の警察官が対象者の前後左右をつきまとい、一人をまいても他の警察官につけられているという場合も少なくありません。また対象者の部屋や事務所の近くに警察官が住み込んで、常時行動を監視・盗聴するなどという例もあります。さらには、警察が身分を隠して対象者の職場に社員やバイトとして潜り込み、労働運動に関心があるのを装って近づいてくるといったケースも確認されています。

 このような不当な尾行・張り込みなどを防ぐのはなかなか難しいのですが、公衆の面前ではっきりと抗議するとか、つきまとう私服警察官の写真をとるなどして、こちら側から監視していくことも必要です。職務中の公務員には肖像権はないという判例があります。ただ、対応の仕方によっては逆に逮捕された例もあるので、注意が必要です。また、こちら側の弱みをついて協力者になれと持ちかけてくることもありますので、いずれにせよ毅然とした態度が重要です。

7 聞き込みに対して

 聞き込みは、あくまで任意捜査ですから、拒否することができます。しかし、実際には協力しないと何らかの不利益があるかのようなどう喝を加えて、半ば強制的に「聞きこみ」捜査は行われています。

 聞き込みを拒否する場合は、ドアを閉じて部屋に入れないことです。それでもしつこく上がり込んでくる場合は、「公務員職権濫用罪あるいは住居侵入罪に当るぞ」と言って、はっきり抗議することです。この際は警職法第六条四項に定められている通りに警察手帳の提示を求めるなどして、相手の警察官の所属・官職・氏名を確認しておくことも必要です。

 以上、警察の任意捜査には応じる義務はありませんから、あくまで毅然とした態度を取ることが重要です。逆に、曖昧な態度につけ込まれて、後々協力者にされる場合もあります。困った時は一人で悩まないで、仲間や救援連絡センター、弁護士に相談してください。

8 警察から呼び出しを受けたら

 警察からの呼び出しにも色々なケースがあります。事件についてなにか知っている第三者(参考人)として呼ばれる場合、被疑者や重要参考人として呼ばれる場合、逮捕されている人の関連で家族が呼び出される場合などです。警察から呼び出しを受けた場合、まずあわてることなく、どういう内容の呼び出しなのかを確認して、対策を考えることが必要です。

 犯罪捜査規範第百二条(任意出頭)

  捜査のため、被疑者その他の関係者に対して任意出頭を求めるには、出頭すべき日時、場所、要件その他必要な事項を明らかにし、なるべく呼出状によらなければならない。この場合において、被疑者又は重要な参考人の任意出頭については、警察本部長又は警察署長に報告して、その指揮を受けなければならない。

  披疑者または重要参考人として呼び出しを受けた場合

 あくまで任意の呼び出しなので、拒否することができます。しかし、何度もしつこく呼びだしを行い、直接自宅や職場などに警察官がやってきて、むりに連れていこうとすることもあります。とくに職場の上司を通じて本人に圧力をかけ、出頭を強要してくるなどのいやがらせも多くあります。

 普通、呼び出しは、逮捕状による逮捕の要件を備えていない場合に行われるものです。任意出頭に応じたために調書をとられ、それをもとにして令状逮捕されたという例もあります。あまりにしつこい呼び出しに対しては、救援連絡センターや弁護士に相談しましょう。必要な場合には、弁護人選任届を書いておくのもよいでしょう。

 また、その後の逮捕を防ぐために弁護士同伴の上で出向くといった方法もあります。ただ、ケースによりますから慎重に判断しなければなりません。

  第三者として呼び出しを受けた場合

 警察が被疑者以外の者を取調べるとき、普通その人を「参考人」と呼んでいます。しかし、捜査は流動的なものですから、当初は参考人であったものが、途中から被疑者として扱われるようになることもあります。参考人とか被疑者とかいった言い方はあくまでも捜査する側の主観を基にした判断なのです。

 参考人として呼ばれる場合は、逮捕のおそれはないので、これに応じる必要はありません。出頭しない理由について、警察はしつこく尋ねてくるでしょうが、理由を述べる義務は一切ないことも知っておきましょう。かりに出頭した場合でも取調べの途中、いつでも帰ることはできます。

刑事訴訟法第二百二十三条一項

 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは被疑者以外の者の出頭を求め、これを取調べ、又はこれに鑑定、通訳若しくは翻訳を嘱託することができる。

  被逮捕者の家族への呼び出しに対して

 「第四部 家族のみなさんへ」の項を参照して下さい。

  その他、以前逮捕された事件に関して呼び出しを受けた場合

 押収品を返すから取りに来るようにとの連絡が封書や電話でくる場合があります。基本的には郵送をするように言いますが、万が一受け取りに行かなければならない場合には、必ず複数で警察に赴くようにしましょう。受けとりに行った時、警察官や検察官がいろいろ尋ねてきたり、場合によっては協力者工作をすることがあるからです。必要のない物だったら「廃棄処分にしてもよい」と返事をしておきましょう。かえって、そのままにしておくと、わざわざ警察官がそのことを口実に訪問してくることがあります。

 また、「処分保留のまま釈放したのだから、まだいくつか聴きたいことがある」などといった呼び出しにも一切応じる必要はありません。あくまでも任意の呼び出しであり、強制力はありません。

 「任意出頭」に応じるとかえって弱味があると思われ、根掘り葉掘り取調べられることになりかねません。あまりにもしつこく呼び出しを受けた時は救援連絡センターや弁護士に連絡して下さい。

9 裁判所から呼び出しを受けたら

 ごく少ない例ですが、参考人としての出頭要求に応じないでいたら、裁判所から証人として呼び出されたということがかつてありました。これは起訴前の証人尋問として検察官が裁判所に要求して行うことができるものです。例えば逃走した被疑者のいる場所を知っている者などの場合がこれに当たります。刑事訴訟法第二百二十六条では「犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる」場合に限っています。

 この場合は裁判所から召喚状が出されたりして、拒否することがなかなか難しいのですが、あらかじめ救援連絡センターや弁護士に相談しておき、立会いの弁護士を確保しておくことも必要でしょう。

 また、かつてとられた調書のために、裁判の検事側証人として呼び出されることもあります。その場合は、その裁判の被告(団)や救援組織・弁護人と連絡をとり、どうしたらよいかを打ち合わせておきましょう。

10 電話の盗聴やスパイを使った情報収集

 情報を集めるために、権力は電話の盗聴をはじめ、部屋や集会場に盗聴器を仕掛けたり、郵便の抜き取り、さらには権力自体が事務所に侵入して窃盗を働くなど非合法とも言うべき手段を使ってきます。

 また、集会場に私服刑事を潜入させたり、活動家の周辺にスパイを養成し、そこから情報を得るなど卑劣な手段を使います。第三者に「いいバイトがある」と持ちかけ、集会に参加させて情報を収集したり、家族や友人を介して話を聴きたいと接触してきたり、活動家に偶然を装って接触をはかり、弱みをつかむとそれを脅しに使って、情報提供を迫ってきたりします。情報提供のお礼として、お金や品物を渡したり、酒や食事を振る舞うこともあります。

 警察によるスパイ強要と並んで忘れてはならないのが、法務省に属する公安調査庁によるスパイ強要です。破壊活動防止法(破防法)に基づいて団体の調査活動を行うのが公安調査庁です。最近では、公安調査庁の調査対象は政治団体に止まらず、労働団体、市民団体、住民団体などかなり広範囲に対象を広げています。「法務省の者です」と名乗ってきたり、個人の自宅や職場を訪ねてきては、執ように話を聴きたいと接触を図ろうとします。

 これらのスパイ強要、潜入策動には、十分すぎるほどの警戒心をもつことが必要です。もし、あなたに対して警察や公安調査庁が接触してきたら、一切話に応じることなく、きっぱりとはねつけましょう。もし仮に相手が何者か知らないで応じてしまったなどの場合でも、分かった時点から毅然と拒否することです。一人で悩んだりせず、仲間や友人に打ち明けて相談しましょう。一度対応すると、何度でもしつこく接触してきますから、曖昧にすることなく、毅然とした態度で拒否することです。

 ともかく重要なことは日常的な警戒心を持ち、疑問があればきちんと解明することです。権力の卑劣なやり方を摘発したら、徹底して暴露することこそが相手に打撃を与え、つけいるすきを与えないことにつながります。

11 微罪逮捕

 通常では問題にならないほどの軽微な犯罪で逮捕されることがあります。微罪逮捕と一般には括られますが、大きく分けて文書弾圧とその他があります。文書弾圧には有印私文書偽造・同行使、免状不実記載、公正証書原本不実記載、電磁的公正証書原本不実記録、旅館業法違反などがあり、具体的にはペンネームで面会・差入れをしたり旅館に宿泊したこと、引っ越ししてすぐに住民票や免許証の住所の書き換えをしなかったことが罪に問われます。その他とは現行のあらゆる法律の適用です。公務執行妨害や、建造物侵入、道路交通法、威力業務妨害、銃刀法、窃盗、軽犯罪法、器物損壊、暴力行為、詐欺などが逮捕の口実となります。鞄の中にカッターナイフを入れていたことが銃刀法違反であるとか、労働争議の過程で会社の敷地に立ち入ったことが建造物侵入罪であるとか、警官が自分で転んで公務執行妨害罪をでっち上げたりなどその手口は様々です。また、最近では、住居の賃貸契約を巡って、個人の住居を団体の事務所として使用したことが詐欺に問われる事案も増えています。

 これらの微罪逮捕は、主に政治的な活動をしている人たちに対してかけられていましたが、地下鉄サリン事件以降はオウム真理教(現アーレフ)信徒を対象に一挙に拡大しました。ともかく逮捕すること自体が目的のため、それを完全に防ぐことは難しいと言わざるを得ませんが、「救援」などに掲載される過去の微罪逮捕の例を共有化して日頃から気をつけておきましょう。

12 学園で

 大学など学園現場での弾圧も熾烈なものになってきています。権力がストレートに介入してくると言うよりは、大学当局と連携した形で行われる場合がほとんどです。

 二〇〇五年十二月二十日には、早稲田大学文学部キャンパスで、昼休みに情宣活動をしていた仲間が、教員によって逮捕され警察に引き渡されるという前代未聞の弾圧が起きました。

 また二〇〇六年、法政大学で「立て看・ビラ撒き規制に反対、改憲阻止」を闘う学生に対して、三月十四日に二十九人、六月十五日に四人、六月十九日に四人と、三ヵ月でのべ三十七人も建造物侵入などの容疑で逮捕されるという弾圧が起きました。大学は、逮捕に対する抗議集会を開催しようとすると、学生証を提示しないと学内に入れないという体制を敷きました。その一方で、白昼堂々と公安警察が学内に侵入しています。

 全国の大学で、自治会・サークルなど学生の自主的活動を根絶やしにするため、学生会館や寮を取り壊す攻撃がかけられています。学内外で広く訴え、反撃の陣形を作っていくことが求められています。

13 権力の暴力に対抗する法的手段

 権力側の暴力、越権行為に対しては、刑法第百九十四条、百九十五条(特別公務員の職権乱用による逮捕、暴行陵虐)に訴えたり、国家賠償法などの定めによって、国または公共団体にその賠償を求めることもできるということも覚えておきましょう。

 八九年一月の昭和天皇の死去前後、街頭でのビラ撒きやパフォーマンスで、天皇制廃止を訴えたグループ「秋の嵐」などへの警察による尾行・盗聴・捜索・逮捕・暴行など数々の弾圧に対する国賠訴訟で、九七年十一月十三日、一審に引き続き全面的勝利をおさめました。この裁判では、現場を撮影したビデオテープが、逮捕の不当性を裏づける重要な証拠となりました。

 九〇年六月に上野水上音楽堂で行われた「今こそ安保をなくそう六月行動」集会で、機動隊による不当な検問に抗議して公務執行妨害罪で逮捕された弁護士の内藤隆さんが、東京都を相手に一千万円の損害賠償を求める訴えを起こしました。この裁判は一審で勝利し、九四年五月十八日の控訴審判決でも都側の控訴が棄却され、勝利判決が確定しました。

 国賠訴訟で有利に展開するにあたって、当日の現場の模様を記録しておくことが重要になってきます。なにか行動を起こす際には、記録することも忘れないでおきましょう。